千葉地方裁判所松戸支部 事件番号不詳 判決
主文
被告人戸辺政一、同大原昭三郎、同川村達男を各懲役三月に処する。
但し被告人三名に対し本裁判確定の日より各二年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用中証人丹羽七次に支給した旅費日当を除き、その余は全部被告人等の負担とする。
理由
被告人戸辺政一は野田市会議員、被告人大原昭三郎、同川村達男は孰も日雇労働者であるが、昭和二十六年五月七日午前八時三十分頃日雇労働者福田テツ外約七十名の者と共に野田市中野台所在野田市役所助役室に到り同市助役原誠之に対し野田市自由労働者の失業対策事業に対する一ケ月二十日の就労を要求したが原誠之より即答しかねる旨の回答を受くるや同助役室に坐り込み労働歌を高唱する等の行動に出で事務の妨害をしたので同日午前十時四十五分頃間の猶予を付して原誠之から市庁舎外に退去すべきことの要求を受けながらその場所から退去しなかつたものである。
(証拠説明略)
弁護人は本件被告人等の所為は野田市における日雇労務者が月間二十日の就労確保の為に為された正当な争議行為であるから労働組合法第一条第二項により刑法第三十五条の適用を受け違法性を阻却せられ無罪である旨主張するので審究するに
労働組合法第一条には
この法律は労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること、労働者がその労働条件について交渉するために自ら代表者を選出すること、その他の団体行動を行うために自主的に労働組合を組織し団結することを擁護すること並びに使用者と労働者との関係を規制する労働協約を締結するための団体交渉をすること及びその手続を助成することを目的とする。
2 刑法(明治四十年法律第四十五号)第三十五条の規定は労働組合の団体交渉その他の行為であつて前項に掲げる目的を達成するためにした正当なものについて適用があるものとする。但しいかなる場合においても暴力の行使は労働組合の正当な行為と解釈されてはならない。
と規定せられているが第二項の意味は労働組合の団体交渉その他の争議行為は第一項の目的達成の為に為されたもので且つ正当なもの即ち目的が正当であると同時にその手段も亦正当である限り処罰しないと云う事であるが、その目的の正当と云うことは右第一条第一項により明であるが手段の正当性については法文には只「正当なもの」と抽象的に規定するのみで、何が正当なものであるかにつき具体的に例示していないので畢竟社会通念に照し個々の具体的事案に則して考慮せられなければならない。そこで憲法及労働組合法によつて労働者の団結権、団体交渉権及争議権が認められた結果当然の帰結として認められる行為は労働組合法第一条第二項によつて刑法第三十五条が適用せられる結果罪とならなくなつた。併しながら争議行為と雖も著しく現存の法的秩序を紊し或は法が争議権を認めた趣旨に悖ると認められるが如き手段方法はこれを正当な争議行為と認むべからざることは当然である。
本件についてこれを観ると本年五月七日午前八時三十分頃被告人等が日雇労働者約七十名と共に野田市助役室に到り月間二十日の就労につき助役原誠之に交渉したが元来失業救済事業なるものは厚生省の所管で予算の三分の二は国庫において支弁し三分の一を地方負担とし、事業に要する資材機具等は一切同省において支給する国家事業で一日に就労せしむる労働者の員数についても一定の枠が設けられ、その限度を超えて就労せしめることは市当局としては不可能の状態にあつたもので、五月七日当時における一日の就労人員の枠は五十名と定まつて居た。処が登録労働者の数は百三名であつたので一人月間二十日の就労は困難な状況にあつた為市当局者は極力その枠を拡張するよう所轄松戸職業安定所を通じて口頭又は書面により関係上級官庁に具申し、その実現に鋭意努力して来たが未だその増員指令に接していなかつたため原助役は関係課長等と協議した結果二十日の就労要求に対しては即答できない代表四、五名となら面会しようと云つたに拘らず、同室に居た被告人等は代表者との交渉要求に応ぜず代表者に話せる位なら皆に話せと強硬に主張して遂に助役室に坐り込み労働歌を高唱し喧噪を極めたので、原助役は被告人等同室に居た全員に対し市役所庁舎外に退去すべき命令を同日午前十時四十五分頃十分間の猶予を付して口頭及び貼紙を以て告知し、五分間許り様子を見て居たが一向に退去する気配がないので警察署に連絡し、富田警部は午前十一時頃助役室に臨み出入口の扉を排して中に入ろうとしたが一杯で入れなかつた為入口に立つて室内の被告人等一同に対し退去命令が出たのだから至急退去して貰いたいと申渡したに拘らず依然として退去しなかつたので、被告人等十二、三名の者を同室で逮捕したことが前掲証拠により認められる。斯くの如く五坪位しかない狭い助役室内に七十余名の者が蝟集し床上に坐り込み大声を挙げ労働歌を合唱して占拠するが如きは、要するに自己の主張を貫徹する為に大衆の威力を行使するに外ならない。これが為助役其他市役所職員の事務を妨害し住居の平静は害せられ又この状態を放任するに於ては社会の治安は紊れ法的秩序は破壊せられるに至ることは明である。従つて被告人等の行動は正当な争議行為の限界を著しく逸脱したものと謂うべく労働組合法第一条第二項の適用なく違法性は阻却せられない。よつて弁護人の弁疏はこれを排斥する。
(適条略)
(裁判官 白井博)